アフリカの布は各地で呼び方が違いますが、ブリキで取り扱う布は西アフリカのギニアとマリとその近隣の国にあるもので

【パーニュ】と呼ばれています。

現地の人の普段着やおしゃれ着、子供から大人まで、老若男女に愛されるパーニュはとにかく種類、デザインが豊富です。

昔からある柄、定番の柄、流行の柄、皆自分のお気に入りの布を見つけ、テーラーに仕立ててもらい、1点ものを楽しみます。

そもそも彼らの文化に洋服というものが入ってきたのはまだまだ最近の事。

元々は上半身裸の生活に簡単な布を腰に巻いていたそうです。

西アフリカの布の文化は宗教と深い関わりがあります。

今はキリストやイスラムなど他国から入ってきた教えが主流となりつつありますが、元々は部族が信仰する宗教が主流だった様です。

その頃と今では生活も服装も全く違うものだったそうです。

文明が入ってこなかった時代、人々の生活はどのようなものだったのか?

今でもアマゾンの奥地の少数民族や部族がいるように、Africa

でもそういう場所が残っているという話も聞きます。

私が行った村では、太鼓が盛んだったりするので外人が入ってきているので、村の生活でも懐中電灯とか電池なんかもあったり、

結構便利に生活しています。

でもそこから少し外れた村では外人が何十年前かに1度だけ来たきりで、都会との行き来もほとんどないという様な村もありました。

女性でも上半身は裸で歩いていたり、子供は全裸で裸足だったり、そんな感じの村もありました。

でもパーニュはどこに行っても必ず目にします。

昔はなかったパーニュが今ではアフリカ全土に広がっています。

 

オランダ人が戦争でインドネシアへ行っていた時にジャワ更紗を国に持ち帰った事で、それを参考にアフリカ人向けに布を作ったのが最初だという話もあります。

それはオランダ産でアフリカ向けのビジネスだったのでしょうか。その辺は詳しくわかりませんが、イスラム教が西アフリカの方へ

渡った時、宗教上、肌の露出は禁じられていたのでアフリカ人向けの最初の服として、BUBU(ブブ)という大きな布をざっく

リかぶるだけの服が無地のバゼンという布が用いられ広まりました。

敬虔なイスラム教徒のスタイル、バゼンで作られたイスラム帽とバゼンのブブは今でもその文化として固く定着しています。

パーニュも後にオランダから入って来ましたが、それを真似て中国が同じものを安く作りアフリカへ大量に運びました。

値段が安い事から中国産のパーニュが大ブレイクし、今でも中国製がTOPです。オランダ製は今も中国製より高級品となり、

富裕層や外国人向けの様になっています。

ガンビアへ行った時は、イギリス人オーナーのバゼンの工場がありました。布の柄を作ったり、染めたりしている工場です。

たまたまブリキの商品を作るのにお願いした会社が自社工場を持っていて見る事が出来ました。

スタッフは全員ガンビア人。ガンビア人というと分かりにくかもしれませんが、要するにマンデンの人達です。

昔はマンデン王国と言って西アフリカはみな同じ国だったのですが、ガンビアにはそのマンデンを名乗る人達がとても多く住んでいます。

と話はそれましたが、パーニュにも歴史があるのですね~。

私ももっと詳しく知りたいのでアフリカの村とか現地の人に聞いたりしてますが、詳しい方がいたらぜひ教えてもらいたいです。

余談ですが、パーニュの柄にもいくつか種類分けされていて、この写真の様なPOPな柄(にわとりとか扇風機とか携帯とか)

はアフリカ人用の柄という事で区別されていて、工場も違っていたそうです。

 

パーニュ、Africaの文化ってなんか惹かれます。